ラベル 江戸まち歩き の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 江戸まち歩き の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年6月12日木曜日

開業5周年企画 「江戸東京 川めぐり」

真夏のような暑さの6月1日(日)
江戸まち歩きの開業5周年記念の特別企画として
「江戸東京 川めぐり」を実施いたしました。

過去のまち歩きで、何度か神田川や日本橋川沿いを歩きましたが
今回は船の上から、一味違った風景を楽しんでいただきました。

集合場所は秋葉原の和泉橋。
この日、周辺では、ちょうど岩本町・東神田ファミリーバザールが行われており
洋服やバッグ、靴、台所用品など様々なものを扱うワゴンが道路いっぱいに立ち並んで
とても賑やかでした。


和泉橋防災船着場より乗船。いざ、出発です。
神田川→日本橋川→隅田川→神田川の順に、東京の真ん中をぐるりとめぐりました。

今回のガイドは、神田リバーサイドプロジェクトの事務局長でもある
岡田邦男さんです。
橋や川沿いの石垣、江戸時代の町についてなど歴史的なお話はもちろんのこと
TVドラマの舞台になった場所の説明まで
非常に幅広い内容のガイドで、参加者の皆さんも熱心に耳を傾けていました。
この日のために特別に
神田明神の宮鍵講の半纏を着てきてくださったガイドの岡田さん
 
前方に見えるのは御茶ノ水の聖橋
 
水道橋の上から撮影
奥にあるのは「お茶の水分水路」です
 
三崎橋を過ぎ、神田川から日本橋川へ。
ここからはずっと首都高速の高架下となります。
左手は飯田橋エリア
春は桜並木がきれいです

 常盤橋
右手奥に見えるのは日本銀行の建物です
 

かつては外濠だった日本橋川の石垣の一部には
江戸時代に工事をした大名の家紋や石工の印などが今でも見ることができます。
 
この日はなんと気温33℃の真夏日!
普段なら、景観を損なう首都高速の高架が心地よい日陰となり助かりました。
左上のビル上の気温表示にご注目ください
 
 
日本橋
下からの眺めは雰囲気たっぷりです

そして、いよいよ隅田川へ・・・
いきなり視界が大きく開け、波も大きくなります。
後方には佃島の高層マンション群と中央大橋
 

前方にはスカイツリーが見えました
 
 浅草橋から再び神田川へ・・・
 
浅草橋には古くからの船宿があり
川の左右に屋形船がたくさん係留されていました
 
船旅の最後は、神田一本締めでしめくくり
 
ホテル近くの新三崎橋防災船着場にて下船し、徒歩でホテルへ。
日本料理「縁(ゆくり)」特製の松花堂弁当をお召し上がりいただき
しばしランチタイムをお楽しみいただいた後は
江戸まち歩きのガイドでおなじみの立山西平さんによるレクチャー。
本日、船でめぐった周辺の土地の江戸から明治時代にかけての
変遷についてお話をしていただきました。
 
 
文字通り、江戸と現代の東京を感じられる盛り沢山な船の旅。
予想外の猛暑にみまわれましたが、無事終了することができました。
参加者の皆さん、そしてガイドと講師のお二人、お疲れ様でした!
 
 
庭のホテル 東京HP



2014年2月3日月曜日

第10回 江戸まち歩き ~小石川七福神巡り~

1月26日(日)に『第10回 江戸まち歩き』を実施いたしました。
今回は、小石川七福神をメイン巡るに茗荷谷から小石川にかけてのコースです。

茗荷谷駅(東京メトロ)から散策をスタート。
改札を出て、左手の細い路地を約3分ほど歩いていくと
「林泉寺(りんせんじ)」があります。

 
ここは、「縛られ地蔵」で有名なお寺で
江戸時代より、人々が願をかけながらお地蔵さんを縄で縛り
その願いが叶うと、その縄をほどくという信仰があります。
 
お地蔵様に縄をかけるガイドの立山さん
 
 境内には江戸時代の年号が刻まれた多数の石仏がありました。
 
坂をさらに下っていくと右手には拓殖大学の東門が
左手には恵比寿様を祀った「深光寺(じんこうじ)」があります。
 
本堂横に祀られている恵比寿様。
 
ここには、「南総里見八犬伝」で有名な江戸時代の作家
滝沢馬琴のお墓(文京区指定史跡)があります。
お墓の台石には、馬琴の蔵書印とされる模様が刻まれています。
 

境内の紅梅の花がほころび始めて、良い香りを漂わせていました。
 
舗道から境内への途中の坂の斜面には
無数の古い石仏が並んでいました。
 
さらに坂を下ると「藤坂」と「藤寺」があります。
ここは三代将軍家光が、鷹狩の際にこのお寺に立ち寄られ
藤の花が見事だったことだから「藤寺」と呼ばれるようになったそうです。
その名の通り、境内には立派な藤棚があり、5月頃にまた訪れてみたくなりました。
 
 
傾斜のきつい藤坂を上がって春日通りに出ると、通り沿いに
弁財天を祀った「徳雲寺(とくうんじ)」があります。
 
 
 
こちらの弁財天は「男弁財天」と呼ばれ
体が蛇で顔が翁という珍しいお姿なのだそうなのですが
残念ながらお堂の扉が閉じられており、中を拝観することはできませんでした。
 
文京区観光協会発行の
「小石川七福神巡りMAP」より
 
春日通りを横断し、桜並木で有名な播磨坂をしばらく行くと
ふたたび弁財天(女)があります。
ここはもともと次に訪れる「宋慶寺」の境内で
極楽水(ごくらくみず)と呼ばれる湧水があったそうですが
現在は残念ながら枯れてしまっています。
 
大きなマンションの敷地の片隅にひっそりと祀られています。
 
 
次は、寿老人が祀られている「宋慶寺(そうけいじ)」です。
徳川家康の生母 於大の方の葬儀がこのお寺で行われ
後には側室の茶阿局の隠居寺となったそうで、大きな三つ葉葵のご紋が見られます。


 
閑静な住宅街をしばらく歩いていくと、布袋様を祀った「真珠院」があります。
こちらのお寺は、前出の於大の方の甥にあたる
初代松本藩主の水野忠清を開祖とし、水野家の立派なお墓も見られます。
 
本堂の裏手にある墓所の一角に大きな布袋様がにっこりと立っていらっしゃいました。
 
 
真珠院の正面、道を挟んだ反対側には、徳川家の菩提寺 伝通院があります。
山門を目指して塀伝いに足をすすめると
その途中に新選組の前身 浪士組結成の地・処静院(しょじょういん)跡の看板がありました。
 
 
伝通院には、於大の方をはじめとする徳川家ゆかりの方々お墓や
有名作家のお墓がありますが、それらのお参りは次回のお楽しみとし
山門を横目に見ながら、大黒天を祀る「福聚院」を目指します。
 
 
福聚院の境内には幼稚園が併設されているため
平日は子供たちが元気よく遊びまわっていて、入ることができませんが
この日は日曜日なので、中まで入ってお参りすることができました。
 

大黒天はもともとは武神だそうで、
本堂の中には、鎌倉時代に作られたという勇ましい姿をされた
大黒天(文京区有形文化財)がいらっしゃいます。
 
境内に一角には、おなじみのお姿の大黒天もいらっしゃいました。
その隣には、お参りすると咳がとまると言われる「せきどめ地蔵」が。
 
ふたたび伝通院の山門前を通って、善光寺坂を下り
毘沙門天を祀る「源覚寺(げんかくじ」を目指します。
 
「源覚寺」の本堂には閻魔様が祀られており
別名「こんにゃくえんま」と呼ばれています。
江戸時代に眼病を患った老婆が、閻魔様を21日間お参りしたところ眼病が治り
そのお礼に老婆が好物のこんにゃくを閻魔様にお供えしたのが由来だそうです。
江戸時代から毎月16日に縁日が立つなど庶民に親しまれ
にぎわっていたこのお寺では、現在でも1月と7月に特別縁日が行われます。
 
賽銭箱の横に、沢山のこんにゃくが積まれていました。
 
本堂右手に、毘沙門天が祀られています。
 
 
さらに奥には、歯痛を治すといわれる「塩地蔵」が・・・。
 
これで、七福神も残すところ、福禄寿のみとなりましたが
その前にシビックセンターに立ち寄って
25階の展望ラウンジからこれまで辿った街並みを眺めました。
 
皆で、今歩いてきたコースを確認。
 
展望ラウンジの反対側にまわると、スカイツリーが見えました!
 
 
そしていよいよ福禄寿を目指します。
最後のスポットは、なんと東京ドームシティの敷地内にあります。
もともとは、小石川後楽園の中にあったのですが
同園がお正月に閉まってしまうことから、現在の場所に再祀されたそうです。

 
 
「コロッコ」というトロッコが走るアトラクションの横に
福禄寿様がひっそりといらっしゃいました。
 

子供たちの歓声を聞きながらの最後のお参り
 
 
ドームシティを出て、水道橋を渡れば庭のホテルはすぐそこです。
約2時間の散策の締めは、ホテル内のレストラングリル&バー「流(りゅう)」にて
ランチをお楽しみいただきました。
 

 
 
 
 

2013年7月26日金曜日

第7回 江戸まち歩き(前編)                ~2k540・アーツ千代田 3331・神田明神~

7月14日(日)に、第7回「江戸まち歩き」を実施しました。
猛暑の日々が続いており
当日もやや曇っていたものの
非常に蒸し暑い中のツアーとなりました。

今回の集合場所は、JR御徒町駅。
御徒町の町名は、江戸時代に江戸城や将軍の護衛を行う幕臣の中でも
馬に乗る事を許されない下級武士(御徒(かち))が多く住んでいたことに由来し
古地図を見ると、「御徒」とか「カチ」と書かれた家が
この地域に沢山集まっています。
また現在、御徒町は宝飾品の街として有名ですが
寺社の多い浅草や吉原に近い土地柄のせいで
江戸時代にもかんざしや帯どめなどの小間物や飾りを扱う商人が多かったそうです。

高架下に沿って、秋葉原方面に5分ほど歩くと
「2k540 AKIOKA ARTISAN」があります。




ちょっと変わったネーミングですが、この名前の由来は次の通りです。
 「2k540」…鉄道用語では東京を起点とした距離で場所を示し
        この施設が2k540m付近にあるため、「ニーケーゴーヨンマル」と呼ぶそうです。
 「AKI OKA」 … 秋葉原と御徒町の中間に位置するため。
 「ARTISAN」 … フランス語で「職人」を意味。



中には50軒ほどのジュエリーや小物を扱うショップやカフェがあります。
ほとんどのお店には、職人さんやデザイナーさんが店頭にいて
お店の奥で商品を作っていたり、商品の説明をしてくれたりします。
さすがは、職人の町です。



2k540を後に5分ほど歩くと、「アーツ千代田 3331」があります。


ここはもと中学校で、建物をリノベーションして現在はオシャレなアートセンターになっています。
地下1階から地上3階の館内には、アートギャラリーやオフィス、カフェが入っています。
そして屋上には、オーガニック菜園も…。

先の2k540に続いて、また3331という数字が施設の名前に使われていますが
これは、神田っ子の手拍子「神田1本締め」から来ているそうです。



  
ショップでは若手アーティストの作品や小物が売られていました。

かつては職員室だった1Fの休憩スペースには
当時の黒板がそのまま残っていました。

炎天下の中、次は神田明神を目指します。
湯島を右手に見ながら、明神下へ…。
明神下は、有名な時代小説の主人公 銭形平次が住んでいたとされるところです。

男坂を上がると神田明神です。
  
 神田明神の境内

社殿に向かって右手に歩いていくと
テレビドラマ「銭形平次」の関係者によって建てられた銭形平次の碑があります。

銭形平次の碑
右隣には、うっかり八兵衛の小さな碑も…。

更に社殿の裏手に足を進めると、乃木希典の書による「彰忠碑」があり
その横には、明治6年に造られた東京で初めての石橋
旧萬世橋(よろずよばし)の欄干が移設されています。

右側に見えるのが萬世橋の欄干

この後、ツアー後半へと続きます。